儿子出差
电视报道在神户发生了新猪流感,我儿子要从明天几天去神户出差。给他说去神户的时候必定戴口罩,并且到神户以后,除了做工作和呆宾馆以外,别不怎么打转来转去街更别去观光。他叹了一口气。
电视报道在神户发生了新猪流感,我儿子要从明天几天去神户出差。给他说去神户的时候必定戴口罩,并且到神户以后,除了做工作和呆宾馆以外,别不怎么打转来转去街更别去观光。他叹了一口气。
今天的气温比昨天的冷一点儿。
但是空气干燥, 觉得很舒服。
昨天工作很忙,非常累。
今天呢, 到下午三点半的时候、工作差不多做完了。
所以我比经常早一个小时退下班了。
下班以后,我约一个小时跑步然后回家了。
今天我们的同班人给我说 她看见了在上网我的家人的照相,这个是不好的。
我不明白她为什么说我!今晚我不得已抹去了在上网的我家人的照相。但是我非常生气了。不是她家人的照相,是我家人的照相。!
今天我起床的时候、不知道下雨不下雨。天气很好的天、我上班和下班的时候、大概跑步上班。早晨我犹豫跑步不跑步上班。出门的时候还没下雨。所以开始跑步。但是走到半路下大雨起来了。没办法、我继续跑步。相当被淋湿了。下班的时候停止下雨。天气渐渐好了。而且气温不热。对跑步的条件很好。当然我跑步下班回家。心情很舒服。
报道说:昨天(5月12日14时28分)在中国四川省成都市附近的地方(汶川县)发生了很大的地震、也许是死亡人数达到几万人左右。真可怕得要命!!
今天从早晨一直下了毛毛雨。我上午去了练功太极拳, 以后一边看电视一边吃午饭。
然后下午去了练习书法。
himeさんのblogに私達家族の似顔絵を描いてくださった。
そこから私達家族の部分だけ頂いて貼り付けました。ほんと、よく似ています。
到了五月份, 我这儿周围看到各种各样花起来了。
但是,我有点儿不知道那些花的名字, 真遗憾。
花费很多时间, 我在电脑网上终于明白了那些花的名字。我有点儿累死了。
花の名前検索でなかなか面白いサイトを見つけた。「植物園にようこそ」。ここで知らなかった花の名前が殆ど検索できた。すごい!
デジカメで撮って調べた結果(写真の取り方が少々下手)
これは「オックスフォード・ブルー」
オオイヌノフグリと同じゴマノハグサ科なのだそうです。
しかしオオイヌノフグリよりは大きいです。
これは「ツキヌキニンドウ(突抜忍冬)」
茎が葉を突き抜くのでこの名前になったとか。
「忍冬」というのはスイカズラ(吸葛)のことなのだそうです。
これは「フレンチラベンダー」
どう調べてよいのか分からず、この名前に行き着くまでかなり苦労した。
「フレンチ」と名付けられるだけあって、地中海沿岸原産で、南フランスに多いのだとか。
有名なハーブの一つで、「ラベンダー」は ローマ時代に入浴時の香水として使われていたため、ラテン語の「lavare(洗う)」が語源だとのこと。
これは「草ふじ」
花や全体の姿がフジに似ていることからこの名前が付けられたのだとか。
これは「シャリンバイ(車輪梅)」葉の先がとがっていないのでマルバシャリンバイ(丸葉車輪梅)。
別名ハナモッコク(花木斛)とも言うのだそうです。
一个月左右以前, 我买到了一本有关运动的书。
在那个书上传家说:跑步的办法有很多种类, 但是基本上大概一样。不是活动身体的上部, 只是活动腰部, 然后自然跑步。和爬山或走路的时候大概一样。
可是, 说起来容易, 做起来难, 现在对我来说还有点儿不容易。
「春日部大凧マラソン」でお会いした「甘党ランナーズ」の「himeさん」という方が、私達家族の似顔絵を描いてくださり、ブログに載せてくださった。
うまい!!
と思わず言ってしまうほど、私達家族の特徴をよく捕らえて描いてくださっている。その他のイラスト?漫画もすごい!
写真やこういうイラスト入りだとblogもよく分かりますね。
それにしても「甘党ランナーズ」の皆さんすごい走力。
例え私が若かったとしても、それだけの速さで走れたかどうか??
我今天参加了21公里的长袍。
息子と埼玉県春日部の「大凧マラソン」に参加。記録は2時間15分47秒。
曇空で少し風があり、熱くもなく、走るにはまあ良い季候。
私はいつも心拍計を見ながら走る。
それでもレースだと周りに影響され、ドンドンスピードが上がっていく。
ちょっと苦しいな、と思うと心拍計は「170」。練習はいつも140台から150台。
これでは最後まで持たないぞ!というわけでスピードを落とす。
息子が言っていた踏切止めに引っかかり1~2分のロス。
10kmまでは練習距離なのでまずまず順調。
10kmからゼリー飲料と持っていたスポーツ飲料をちょびりちょびり飲み始める。
ドンドン私を抜いていく人がいる。もちろん若い男子が多い。まあ仕方ないやね。
それでも、あの人は抜けるな、とかあの人はちょっと無理だなという駆け引きみたいな物もある。
私が赤っぽいランニングシャツで目立つのか、明らかにターゲットにされているとこちらが感じることもある。
でも12kmあたりを超えると、身体も疲れ始め、気分的にもかなりもうどうでもよくなってくる。
歩いている人を見ると自分もつられて「歩き出したい」という誘惑に駆られる。
でも歩き出すと「歩き癖」がでて、何度も歩いてしまう経験があるので、「いや、ここで更にスピードを落としてもいいから、歩くのだけは止めよう!」と自分に言い聞かす。
それもあと5キロ、あと4キロという表示を見ると元気になってくるから不思議だ。
あと1キロあたりからスピードを上げる。周囲もラストスパートをかけるからそうそう抜かせない。
会場に入ってすぐにフィニッシュかと思いきや、フィニッシュまで優に半周はある。
「ゲッ」と思いながら「最後!」と思い更にスパートをかける。数人は抜かした。
記録は2時間15分47秒。ハーフのベストタイムが2時間12分なのでまあいつものペースか。
ハーフでもかなり疲れた。 でもまたレースに出たくなるから不思議だ。
息子のブログ:http://aquaticzone.seesaa.net/article/95641384.html#more
数日前、テレビで千葉県佐倉のチューリップフェアの様子を報道していた。
JR日暮里で京成に乗り換え、京成佐倉駅。
そこから無料送迎のシャトルバスに乗る。
開催は午前10時とのことだが、道路途中から細い道路が車の長蛇の列で動かない。
「乗っていても構いませんが、歩いた方が早いですよ。」
との運転手の言葉に、殆どの人がバスを降りる。
印旛沼の桜(葉桜)と菜の花の沿道を抜けると、レンゲ畑の向こうににチューリップ園が広がる。
まさに「赤、白、黄色、どの花見手も綺麗だなー」の歌詞の通り。
首の長いの、短いの、アネモネのような花びらのもの、
花びらの周りがレース状になっているもの、
花びらが槍の穂先のように尖っているもの
八重のチューリップ
紫や黒っぽいチューリップ
白と赤、黄色と赤、白と緑などなど2色以上で模様のある花びら
なかなか見ていて楽しい。
種類ごとに名前が書いてあったが覚えられない。
名前の立て札も一緒に写真を撮るが、そうすると思い通りの写真が撮れない。なかなか難しいところだ。
チューリップ園の大きさから言うと、かつて行ったことのある富山県砺波市のチューリップフェアの方が、
会場もはるかに大きく、規模も大きかったように思う。
おそらく佐倉のチューリップフェアはこれからなのかもしれない。
屋形船で印旛沼遊覧があったので乗船。
うん、まあ、そんなもんかな。という感想。
午前中は息子と多摩川にランニング。
私のペースでゆっくり12km。
自分一人で走るとイヤになるが、やはり誰かと一緒というのはいつの間にか走ったという感じ。
しかし同じスピードで走ってくれる仲間を作るのはなかなか難しいんだよなー。
夫が「ビーフストロガノフ」をリクエスト。
どういう風に作るんだっけって、よく分からずネットで検索。
最近は「本」で調べるより「ネット」で調べることの方が多くなった。
うん。これならば簡単、簡単。
「ビーフストロガノフ」というから牛肉を使用するのかと思っていたら、
「ビーフ」と言うのはロシア語で「~~風」という意味らしい。
「ストロガノフ」というのは、ロシアの大貴族の姓。
つまり「ストロガノフ家」風の料理という意味らしい。
最後に生クリームとサワークリームをかけて、とても美味しくできた。
本場ではどんな味かナー!!
私は公務員なので、夕方から選挙の開票事務。
今回は「都議選」と「都議補選」だけなので、比較的楽。
それにしても名前が逆転していたり、判読不明の票も多かったなー。
候補者が少なかったから良かったけれど、多かったら分類するの、大変だぞーー!
朝起きると昨日とはうって変わって良い天気。
娘達と旅行すると毎回「恒例」の「朝のジョギング」。
娘、息子、私の三人で神橋前から急な坂を上り、東照宮正面玄関へ。それからぐるりと一周の約2キロぐらいのジョギング。
汗をかいたところで朝の温泉へ。なかなか快適。
今日は娘婿さんの運転で、いろは坂を登りまずは明智平からロープウウェイで見晴台へ。
中禅寺湖と華厳の滝が一望。
私は何度か日光に来ているし、中禅寺湖も華厳の滝にも行っているが、この見晴台は始めて。
昨夜の雨で華厳の滝の水量が多く圧巻。以前来た時は水量が少なく「なーんだ」とちょっとガッカリしたイメージを持っていたので、今回の華厳の滝は、私にとってとても良かった。
車は再びいろは坂を降りて「日光猿軍団」へ。
娘婿さんの運転の運転技術はさすがだったが、途中、いろは坂を曲がりきれなくて、ガードレールにぶつかっている車もあった。
「日光猿軍団」は姑が一番楽しみにしていたところ。
台湾から来た若い女性の調教師さんも頑張っており、会場は爆笑に継ぐ爆笑。これは何度見ても面白いね。
私が好きだからと、途中「味噌溜まり付けのラッキョ」や「日光せんべい」の店にも立ち寄る。
帰路は「東武鬼怒川温泉」からの特急。
この駅前が、足湯まで出来て、数年前とは雲泥の差で綺麗になっていた。
帰路の特急スペーシアがまたすごかった。
1車両数部屋というコンパートメント。
父ちゃん、はりこんだなーー!!
姑を連れ出して家族一緒に日光に。
前回の旅行のように、出掛ける段になって、「私は結構ですので、あんた達だけで行ってきてください。」と言い出しやしないかとひやひやしていたが、今回は難無く出掛けられる。ホーッ!!
下の息子と北千住で待ち合わせをしたのだが、なかなか現れず。
列車の切符も特急券も預かっているので、間に合うのかハラハラした。
旦那が姑に一生懸命、日光の説明や今度の旅行の説明をする。
ウーン、どれだけりかいしてもらえたかなーー
日光に着くと、娘夫婦が車で迎えに来てくれていた。
あいにく雨。
東京は桜が満開なのに、さすが日光は気温が低く桜は開花していない。
肌寒く、どうしようか迷うが、娘も娘の旦那も日光には何度も来ているが、東照宮の中に入った事がないと言うので、雨の中を出掛ける。
陽明門を過ぎると土砂降りの雨になってきた。
靴を脱ぐと冷えが足下から這い上がる感じがする。
そんな中でも、さすが日光と言うべきか、外国人観光客も多い。
あまりの寒さに、土産物店の奧の喫茶店に入る。
外国人観光客が土産物店のおばちゃんに、観光用の和傘について英語で質問。
するとおばちゃん、流暢な英語で質問に答えていた。さすがーー。
旅館に入って大浴場でゆっくり。
姑は何かあるとすぐに「温泉行きたい。温泉行きたい。」と言うのだが、これがまた大の風呂嫌い。
入ったと思ったらすぐに出て行ってしまうので、娘が何度も露天風呂に入れる。
夕食は栃木牛の食べ放題。
豆乳鍋に栃木牛をどっさり入れる。
姑は自称「肉はよう食べない。」「魚はよう食べない。」
なので今回も栃木牛の切り身が大皿にのっているのを見て、
「私は何しろ肉も魚も食べられないんだから。私には入れんといて!野菜だけにしといて!」と何度もおっしゃる。
「はい、分かりました。」と言いながら、細かい肉を野菜と共に入れると、
「この野菜、美味しい味つけがしてあるわー。私こんなん大好き!」
と言って栃木牛も結構食べていた。
しかも「ゆば」づくしの料理。生ゆばもさることながら、「ゆばの刺身」は始めて。どれもこれも満足満足。
介護センターでは夜9時が消灯時間。
日頃の習慣で、姑はすぐに就寝。
今日の旅行、喜んでもらえたのかなあーー。
ただ、夜中、突然目が覚めて、
「ここ、私の部屋やない!私の部屋はどこですやろ!私の部屋に帰りたい!どうもお世話になりました。こんな所で寝てしもうて済みません。私の部屋はこっちですか。こっちですか?」と大騒ぎ。
息子が一生懸命旅行に来ていることを説明しても、全くダメ。
「トイレに行こって、今日はもう遅いから、明日の朝一緒に行きましょう!」と納得させると、おとなしく再び就寝。
だんだんとむずかしくなるなーー!!
樱花盛开了! 还是日本的樱花很美丽啊!!
なんと今日は夏を想わせる25度以上の気温。
どうしようか考えていた桜も一気に満開。
私が通勤で使っている道に、桜並木がある。
往復ジョギングしながら、桜を満喫。
明日の夜は姑の世話をしなければならないのでのんびりと夜桜見物などという訳にはいかない。
明日と明後日は娘夫婦からの誘いで日光へ。
その後は、もう桜が散り始めているに違いない。
ならば二人で夜桜を見に行くのは今日しかない。
学習会の後急いで夫にTEL。
それから1時間あまり、夫と自転車で夜桜見学開始。
どこに行こうか。
まずは私の通勤ルートの桜並木。
周囲の漏れ来る光で満開の桜は分かるが、ライトアップされているわけではないので良くは分からない。
夫の通勤ルール途中にある「熊野神社」は毎年ライトアップしていると言うのでそちらに廻る。
やはりライトアップされている桜は違うね。
携帯のカメラでは光量が少なくうまく撮れないのが残念。
その後は、「おなか減った!!」
ちょっと情緒なしか。
昭和56年9月に創設された私達の部所が、この3月をもって消滅する。
今日はその「解散会」があった。
「消滅」を断行した所長は「時代の流れ」だと言うが、
他の部所の職員とは十分な相談と綿密な打ち合わせを行ったにも関わらず、私達には前もって一言の相談も、何の打ち合わせもせず、突然「人員削減」の名の元の有無を言わさぬ独断で、私達には突然の通達。
まあ、前もって私達に相談があったとしても、当然殆ど全員から反対されたかもしれないが、
私達からすると、無謀な「独断」としか写っていない。
部長などからの覚えも非常に目出たかったようで、それがよほどうれしかったのか、
酔った勢いで、「管理職で、今まで5段階評価で2ぐらいだったのが、評価が5にアップし、給料も大幅にUpした!」と大喜びしていた。(特にその時口留めは言われなかったのでーー。)
その結果が「英断」なのか「失敗」なのか時が経たなければ実際は分からない。
しかし「消滅」による今までの「経験」「知識」「知恵」「技術」等の蓄積と人材の完全消滅は、あまりにも犠牲が大きいように思える。
例え将来、この消滅が「失敗」だったと分かっても、絶対元に戻すのは不可能だ。
莫大な設備投資も全て廃棄。
膨大な資料も廃棄だ。
思えば「設立10周年記念」「20周年記念」を開いた事もあった。
その時は、もはや今日のような事態が訪れる日が来るなど、全く予想だにしなかった。
すでに故人となった人も含め、今、そこに集った人々の顔を一人一人思い出す。
私が担当している部門は「完全消滅」とはならず、他の部署に吸収されて生き残る。
4月から、私自身は同じ場所で同じ仕事を続ける。
しかし、これも「時間の問題」で、そう長くは持たないだろうと誰しも思っている。
これって企業の「M&A」みたいな物なんだろうか?
湿っぽい話。
東京まで揺れた昨日の能登半島大地震、
我が家は多数富山県高岡市に親戚がいる。
大規模な家屋の倒壊があった輪島市に近い。
テレビ報道によると、法事などで何度も使用したことのある氷見のホテルが凄まじい事になっていた。
親戚への電話は、電話の復旧や安否を気遣う電話等の集中なども考え、今日入れる事にした。
親戚の話では、まだ頻繁に余震が続き落ち着かないとの事だったが、 どの家もみんな無事とのこと。
90歳を優に超えるおじさんが(私から見て)、
この年になるまで、こんな大きな地震に遭うのは初めてだ!と言っていた。
しかしそれにしても、90歳を優に超えるおじさん、昔から非常に元気だったし、しゃべり出したら停まらない人だったけれど、
90歳を超えてもやっぱり元気だわ。
電話口で流れるように話をされて、相づちを打つのに大変だった。
相変わらずおじさんのかくしゃくぶりに、こちらの方が負けそうだった。
いやー、昨晩からの嵐はすごかった!
マンションの7階って、一戸建てに住んでいた時より、雨風の激しさが大きいと感じた。
ベランダに置いてある物、全部吹き飛ばされそうで、慌てて部屋の中に入れた。
桜開花前に吹き荒れるこのすさまじい嵐、花の開花前なので「花おこし」と言われるのだとか。
優雅な名前だが暴風雨と言っても良いくらいの嵐だった。
突然ビルがユラユラと揺れだした。
「ワー!大変!風でマンションが揺れてる!!」って叫んだら、
「アホか!風で揺れるようなマンションなら耐震偽装マンションだ。これは地震だ!」と旦那。
そうかナーと思ってテレビを付けると、本当だった!
輪島沖で震度6強の大きな地震。
東京まで揺れるなんて、本当にすごかったんだ!!
引っ越ししてから約2ヶ月過ぎた。
とは言っても、息子達は元の家のまま住んでいるので、夕食作りは基本的に元の家で。
朝食の分だけ持って帰宅するという生活を続けていた。
ところが、次男が家を出、長男は基本的に職場で夕食を取ってくる。
しかも今晩の気象予報は、かなり荒れるという。
そんな中を、元の家と引っ越し先を往復するのはイヤジャー!と言う気になり、引っ越しして始めて夕食を引っ越し先で作ることにした。
すると、途端に「あれがない! これがない!」
「生活」と言うのは本当細々とした物が必要だと分かる。
夕食の材料を求めに、マンションの駐車場を横切ったら、もうそこは踏切で、踏切を渡ればスーパーマーケット。
しかも夜12時まで開いている。
隣は安売り酒店。
なんて便利な所なのだろうと改めて思う。
次男も一人住まいを始めて、やはり「あれがない! これがない!」で、元の家にいろいろと取りに帰る物があるとのこと。
それならば一緒に夕食という事で、私達の引っ越し先で始めて夕食を作り、食べる事となった。
なんとも不思議な家族だ。
先週水曜日、39.5の発熱の後、唇にぽつりと赤い物。
それがみるみる大きくなり水泡となり、今はそれが破れた状態。
完全な「口唇ヘルペス」だ。
今までにも熱の後、ポツリと出来た記憶はあるが、
今回のようにこんなに大きくなった事はない。
こんなに酷くなったのは、やはり年齢で体力が落ちてきているせいなんだろうか?
ネットで調べると、早く治療するとよいとあるが、
ほっておいても2週間ほどで完治するとの事、
ウーン、どうしようかなー。
通勤ランはやりたいけれど、この口唇ヘルペスが治るまで、ちょっとの間中止にしよう!
今日次男が引っ越しをした。
場所は東神田。都会のど真ん中。
一番の最寄り駅は「馬喰町」だが、「小伝馬町」「東日本橋」「浅草橋」
それに「秋葉原」にも徒歩で行ける距離。
さすが都会のど真ん中だけあり、また殆ど新築状態という事もあり、
セキュリティー完璧のマンション。
6畳の1DKの部屋の割には収納スペースは多く、角部屋で南北にベランダがあり日当たり抜群。
新築ならば当たり前なのだろうが、風呂場に乾燥機能付き。
インターネット配線は当然あるが、コンセントの数の多いのにビックリ。
更にビックリしたのは、強力換気扇を回すと部屋の中が引圧になり、
ドアが開けづらくなることがあり、
部屋には自動的に吸気のための空気孔が空く仕組みになっている。
それほど密閉性が高いという事なのか。
この時期引っ越しが多く、休日の引っ越し業者がなかなか見つからない。
それで娘夫婦がわざわざ小山から車を持って手伝いに来てくれた。
乗用車だがやはり大型車だけあり、自転車以外全部運び終える。
さすが自転車は無理。
長男の時は、千葉県柏まで自転車に乗り運んだ。
自転車は近いうちに乗って運ぶそうだ。
我が家の近くにある標識によれば、
「日本橋まで17km」なんだそうだ。
「なんだ、案外近いじゃない。
それなら着替えだけザックに詰めて、我が家から走ってこられる距離じゃない。
いつか走って来て、ここで風呂に入って帰るって事も出来るんだ!」
って言ったら、「ヤダー、そのためにわざわざ来るなんてやめてくれー!」って断られた。
でも、長男と皇居まで行ってぐるっと廻ってもハーフぐらいだよね。
いつかザックに着替えを入れて、皇居まで走りに行こうよ!
と言っていた事がある。
皇居まで行って一周してくるのと、次男のところに行くのと、
距離的にはさして違わない気がしてきた。
うん、これはなかなかいいかもしれない。いつか、やりたいねーー。
今週水曜日39.5度の発熱でダウン。
翌日1日休暇を取った。
病院で簡易インフルエンザ検査を受け、陰性。
喉が痛いので、おそらく扁桃腺炎なんだろう。
解熱剤、抗生物質、喉鼻などの薬を処方して貰ったお陰で、
金曜日午前中半日出勤。
今日も朝から太極拳とお習字の練習に出掛ける。
しかし、頻繁に咳が出る。
明日は待ちに待った「荒川市民マラソン」。
エントリー料金も支払っているし、どうしようどうしようと迷いに迷う。
夕方、「湘南国際マラソン」にエントリーしている息子からメール。
湘南国際マラソンは前日エントリーなので、
今日会場の江ノ島に行って来た。
東海道線使うと、思ったより遠くない。
京浜東北線各駅で行く荒川より楽に感じた。
しかし、寒い!雪だよ、雪!
海沿いだから余計かもしれない。
明日も天気ぱっとしないみたいだし、
ウェアの選択に悩みそう。
ただ寒いだけなら対処のしようもあるから、
強風や大雨・雪はご勘弁(笑)
たぶん、荒川も同じ状況だろうなあーー!!
気温が低い上に風がキツイとなれば、今の私の体調で、42.195kmは、この年齢で自殺行為かもしれないと思えてきた。
「エントリー料金」が頭をよぎるが、やはり断念するしかないだろうナー!!
娘が、「参加賞のTシャツだけでも貰ってきたら」って言ったけれど、
いや、それだけのために、寒風の中を遠方まで行くこともないだろう。
仕方なく明日はおとなしく家で習字でもするとしますか!
入った時から変だと思わなければいけなかった。
治療に通わなければならないかもしれないからと、
職場近くの皮膚科を地図で探して診察を受けた。
話好きの女医さんで、私が近くの事業所で、衛生関係の仕事をしているというと、
その話にかこつけて、学会の悪口まで延々としゃべりまくるという先生。
いやー、そんな話どうでも良いから、早く診察して欲しいんだけどーー、
という感じで、ようやく私の指に出来た小さないぼのようなふくらみを見て、
「ヘルペスです。飲み薬と付け薬を処方しておきます。
この飲み薬、高価だけど良く効きます。時間を守って、必ず飲んで下さいね。」
と念を押される。
が、1週間経っても治らない。
再診して、再度ヘルペスの飲み薬と付け薬を処方される。
更に1週間後、「ほら、枯れてきて治って来たじゃない」と医者。
私には治ってきたかどうかよく分からない。
分からけれど、ふくらみの大きさは変わらず、そして痛い。
それを言うと、「そう、じゃあ、塗り薬をもう一度出します」。
で、また1週間が過ぎた。
いぼのようなふくらみは相変わらずあり、そして痛みは全く改善されず。
「大丈夫。この薬を付けて、ほっとけばそのうち治ります。もう来なくていいです。」
ええっ!! もう来なくて良い、なんて完全な医療放棄じゃない!!
何!この医者!!
塗り薬もあるので、とりあえずなくなるまで付けてみようと思う。
2ヶ月近くその状態が続く。
全く改善せず。
このいぼのようなふくろを取り去ってくれると痛みも取れるんと違うかなあー。
そうした時、たまたま熱を出し、近くの小さな病院にかかる。
その時は当然「内科」で診察を受ける。
その内科の隣に「外科・整形外科・皮膚科」という不思議な看板を見る。
内科の受診の後、その「外科・整形外科・皮膚科」でも診察を受けてみることにする。
外科の先生は、「ウーン、何か、とげみたいな物を刺しませんでしたか?」
「だいぶ前のことで忘れました。主婦やってますからあるかもしれません。」
という事で、とりあえずレントゲンを撮ってみる事になった。
レントゲン写真を見ながら外科の先生「ウーン」とうなり、 「ちょっと待ってなさいよ。」と言って、 ついたての向こうの隣から別の先生を呼んでくる。
そのレントゲン写真を見るなり、
ついたての隣の先生、「あっ!それ、僕の領域ですね。」
「外科や皮膚科ではなく整形外科の領域らしいです。
隣に行ってください」
という訳で整形外科に罹ることになった。
症状は「ヘバーデン結節」と言うのだとか。
(舌を噛みそうな名前で覚えられず、帰宅後ネットで調べる。)
http://www.tahara-seikei.com/753b.jpg
「ガングリオン」の一種だとか。
で、「ベッドに横になって下さい。」って、
どうしてこんな小さな物に、ベッドに横になるの、ちょっと大げさ。
と思ったら全く違った。
「ちょっと痛いですよ!」と医者は言ったが、
「ぎゃー!!」
「ほら、押さえて!」と看護婦さんに指示。
私には「動かないで!」「ハイ!」
でもやっぱり「ぎゃー!!。痛ーーーい!!」
「見てみますか?」と言われて見てみると、
ゼリー状の物がたっぷり。「えっ! こんなに溜まってたんだ!!」
痛かったけれど、すっきりした。
皮膚科でもなく、外科でもなく、整形外科だったんだ!
しかし、それにしても、職場近くの皮膚科医院、
「ヘルペスです」と高い薬を2週間も飲ませ続け、
それでも治らなくて、さすがに自分で「誤診です。」とは言えず、
「そのうち、ほっといても治ります。もう来なくていいです。」なんて、
医療放棄で、何といういい加減な医者だろうと腹が立ってきた。
どうりで5~6回通院しても、
私以外一人の患者にも出会わなかったはずだ。
「藪」ってみんな知ってるから、近所の誰も行かないんだろう。
たぶん医者仲間からも馬鹿にされるから、
行くたびに、聞きもしないのに、学会の悪口を言い続けたんだろう。
やっぱり、「藪」って居たいんだ!!って改めて思った。
昼から大井町「きゅうりあん」で高雄医科大学日本校友会主催の在日台湾医療関係者による「台医人音楽祭」があった。
友人に関係者がいて、私も出演するからと招待された。
二回目の招待だからもう驚きはしないが、会場は日本語・中国語・台湾語が飛び交っている。
台湾語は聞いてもサッパリ分からない。中国語は普通語(標準語)なのだが、南方の特徴で巻舌音がハッキリ発音されず、北京語に近い標準語を習っている外国人、しかも単語力が乏しい外国人にとっては、非常に聞き取りにくい。
受付で貰ったパンフレットも中国語と日本語混ぜ混ぜのプログラム。しかもその中国語、当然と言えば当然ながら全部繁体字表記。うへー!!だ。
しかし「一條渓、一潭湖、一片洋:没有風、没有浪、萬象寂自然。這是大自然最単純的哲理。」などという会長挨拶の始まりの言葉、こんな美文、書きたいと思ってもかけないよなあーー!
まあ、こういう集まりは、例えばブラジルにおける日系人社会の集まりのようなものかなあ―という気がした。
もともと張り切りマンの友人。今日も舞台の上で大張り切りに張り切っていた。その熱意が十分。
ここで私にとっては面白い事を知った。
その一つは主催者会長「赤とんぼ」の話。
会長が日本に来たのは今から30年以上昔の事。その当時、まだ早稲田大学の学生だった頃の事。
その頃の日本は、沖縄がまだアメリカの占領地で、日本各地は学生運動や沖縄返還問題で国内が騒然としていた時代だったとか。
そういう情勢の中で、アメリカからケネディがやって来た。早稲田大学でも講演が組まれており、当日早稲田大学講堂は、入り切れないほど大勢の学生で一杯になったのだとか。しかし会場は、アメリカの沖縄占領などで怒る学生や反米学生、会場は野次と怒号が渦巻き、講演時間となっても講演が開催できず、騒然となっていたという。憤然としたケネディは演台に上り、その上にあぐらをかき、騒ぐ学生達を険しい表情で睥睨していたのだとか。
講演会はそのまま中止かと誰もが思い始めた時、会場のどかからか「赤とんぼ」の歌が歌われ出した。するとその歌声が次第に広がり、やがては会場全員の合唱となり、あれだけ騒然としていた会場はその歌の後シーンと静まり返ったのだとか。そしてそのうち、何人かの学生が壇上に上がり、取りあえずケネディの講演を聞こうじゃないか!その後質問やら自分達の意見を言おうじゃないかという雰囲気になり、無事ケネディの講演会が行われた。その時、日本には誰もが知り、誰もが歌える共通の歌が有ることを知り、非常に感銘を受けた。
翻って今日の台湾を見ると、政治的に対立する2つの団体が、一方は30万人、一方は40万人というデモ隊が空港や広場に集まりにらみ合っている(日本ではそんなニュース流れてなくて知らなかったけれど、そんなことがあったんだーー!!)という報道が入ってくる。(なるほど日本では殆ど報道されていないが、台湾Yahoo「http://tw.news.yahoo.com/」のニュースを見ると、やはりそれらし流血騒ぎのニュースが報道されている!!)
そういうデモ隊のいくつかのグループの中から合唱の歌声がわき上がることもあるが、参加全員の誰もが知っている国民的な歌にまでなっておらず、共感を呼び起こすまでに至っていない。こういう音楽会を通じて、日本の「赤とんぼ」のような国民的歌が生まれることを望んでいます。という挨拶だった。
その話を聞いて私は「サウンドオブミュージック」の「エーデルワイス」を思いだした。
こういう見方・考え方は日本人の中にいると見えてこない。「赤とんぼ」に限らず日本の良き国民的童謡、これからも大切にしていきたいなあーとしみじみ感じた。
約1ヶ月以上休みの後の久々の中国語学習会。
たぶん授業始めは夏休み中に何をやったか一人一人発表させられるのだろうなあー、ちょっと憂鬱だなあーと思いながら参加。
内容は似たようなものだったが、やり方がいつもと違った。
発表する人が「旅行」とか「海」とか「山」とか一つのテーマを提示する。それに対して周りが「この夏どこか旅行にでかけたんですか?」「どこに行ったんですか?」「一人で行ったんですか?」「出掛けたのはいつからいつまでですか?」「お土産は何か買ってきましたか?」などなど次々に質問を出す。それに対してテーマを提示した人が答えていくという形式。
一通り質問が終われば、別の人と交代する。
そこで間違った中国語の使い方や、こういう言い方の方が良いと中国人の先生が指摘や訂正をしてくれる。時には日本語でこう言いたいのだが、中国語でどういえばいいか分からいと先生が手助けしてくれる。
この方法だと、一人が長々と発表するのではなく、全員が何らかの形で会話に加わることが出来、なかなか面白かった。
英語でも何でも使っていないと錆びてくる。中国語も約1ヶ月以上使っていないと、語彙は出てこないし言い回しが出てこない。今回「後に回してください。」という人が何人かいた中で、「オヤッ?!」と思ったことがある。
もちろんネイティブのようにうまくは出てこないが、約1ヶ月以上休んだ割には意外に単語は出てくるし言い回しも出てくる。
この休み中、特に会話に恵まれることはなかったが、数冊の中国語の課本CDをMP3プレーヤーに入れ、出退勤時などに聞き流していた。聞いて意味の分からないところも随分あるが、分かる分からないにかかわらず繰り返し聞き流していた。するとオヤッ?!と思うぐらい単語が拾える、言い回しが出てくる。
聞き流すだけでもやっぱり良いんだなあーと思った。
私は、テーマを何にしようと考えた末、質問に答え易いテーマという事で「走る(ランニング)」にした。
案の定「走るって、毎日走ってるんですか?」「毎日どのくらい走っているんですか?」「試合に出たことはありますか?」「その試合では、どのくらい走るのですか?」「この前、テレビで、タレントが24時間マラソンとか100キロマラソンをやっていましたが、あれを見てどう思いましたか?」などという質問。
いくつか文法を間違え、その都度中国人の先生から指摘を受けたが、答えに窮することはなかった。
過去を表すのに、動詞に「了」を付け忘れる。
過去の出来事の表現方法「是~的」の使い方がうまくなかった。
「30分走る」「1キロ走る」で分離動詞がうまく使えなかった。
「走るって言っても実はそんなに早く走れないんですよ。」でなかなかうまく補語が使えなかった。などなど。
うーん、やっぱり難しいよね。
今朝もストレッチの後、ホテル近くの千秋公園(久保田城跡)の周囲を走る。
お堀がぐるりと取り囲んでいるのかと思いきや、裏手に廻ると民家が建ち並び、見当をつけて走っているといきなり行き止まりだったりと土地勘のない者はちょっと苦労した。結局裏手の方から城の公園の入ると、散歩に出ていた旦那と遭遇。私はそのまま大回りして30分ほど走り帰館。
今日はまず「昼竿燈妙技会」の見学。
昨夜は「祭り」だったが、今日は「規定演技」「自由演技」「団体戦」「個人戦」で行われる競技会。
昨夜は楽しめば良いが、今日の演技者は誰も彼も真剣そのもの。
夜は夜で非常に美しく、幻想の世界に誘い込まれるような雰囲気が漂っていたが、昼は昼で力と技が伯仲し、熱がこもり、真剣さが違い、昼は昼でこれまた非常に見応えがあった。
重い竿燈を風にあおられながら、バランスをコントロールし、手、肩、額、腰と30秒ずつ支えなければならない。
若者もだけでなく、年期の入った熟練者が次々と演技していくのは迫力満点。
普通の祭りツアーでは「昼竿燈」まで組み込まないとか。
JTBの東北祭りツアーでも「昼竿燈」まで見学するのはこのツアーのみだそうで、「6大祭り」に参加した甲斐があったというもの。
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